「令和3年は埼玉県誕生150年」

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 令和3年となって1か月が経ちました。私が住む埼玉県をはじめ首都圏では、年明け早々から緊急事態宣言が発出され、コロナと共に新しい年を迎えました。昨年は、世界中がコロナに振り回された1年でしたが、今年は人類がコロナを制御する年となることを切に願います。

 埼玉県にとって令和3年は、埼玉県誕生150周年という大事な節目の年とされています。記念すべきこの1年を、私自身も、埼玉県を知り、自らが暮らし活動する県について関心を持つ機会としたいです。

 さらに埼玉県民にとって嬉しいのは、今年のNHK大河ドラマの主人公が埼玉の偉人、渋沢栄一であることです。これまたコロナの影響で放映開始がずれ込んでいますが、2月14日には「青天を衝け」が始まります。多くの事業の設立や育成に携わり、社会福祉事業にも尽力した30代以降の彼の偉業にも関心はありますが、個人的には、幕末維新の動乱期の渋沢栄一をドラマで見てみたいです。一橋家の家臣となり、期せずして江戸幕府の幕臣に、維新後の明治政府では大蔵省の役人となった彼の心の葛藤はいかほどだったかと、勝手にわくわくしています。

 余談ですが、来年のNHK大河ドラマは「鎌倉殿の13人」で、北条義時が主人公ですが、鎌倉殿を支えた13人の一人として、現在の埼玉県比企地方に根を張っていた比企一族が登場します。

 埼玉県誕生150周年を迎える令和3年は、埼玉が脚光を浴びる1年となることを期待しながら、あらためて埼玉県の歴史を振り返ってみました。すると、興味深い史実を知ることになります。大政奉還により明治新政府が樹立され、明治4年には廃藩置県が布告されます。これにより、現在の埼玉県域には、東部地区に浦和県・忍県・岩槻県などが合併して埼玉県が設置され、北西部には川越県・品川県などが合併した入間県が誕生しました。150年前に誕生した当時の埼玉県は、現在の県域の、ざっくり言うと荒川を隔てた東側のみであったということです。入間、新座、川越、熊谷、比企、大里、児玉、秩父郡、ざっくり言うと荒川の西側は入間県だったのですから。

 埼玉県が誕生した明治4年には、現在の埼玉県域は埼玉県と入間県に分かれていましたが、明治6年には、入間県は群馬県と合併し熊谷県となり、次いで明治9年に熊谷県が解消され、旧入間県域と埼玉県が合併し、ようやく現在の県域の埼玉県が誕生しました。

 こうした紆余曲折を振り返ると、確かに、「埼玉県」という名称の県が誕生したのは、今から150年なので、今年は埼玉県誕生150周年ですが、県西北部を含んだ現在の埼玉県域の埼玉県が誕生したのは明治9年、今から145年前ということになります。

 埼玉県誕生150周年を祝いつつ、5年後に迎える現在の埼玉県域誕生150周年も大きな節目であることに思いをいたしています。埼玉県民は、一体感がないとか郷土愛に欠けるとか言われますが、歴史を振り返ればそれも無理なきこと。むしろその多様性こそが、彩の国、埼玉の魅力ではないでしょうか。