ロフィール

<誕生>1965年9月8日、東北の岩手県遠野市で生まれる

母の実家のある遠野で産声をあげました。自営業者の両親は休みなく働いていましたので、子供のころは毎年、夏休みになると岩手県の母の実家に預けられました。岩手の叔父は鉄の原料を採掘する会社で働きながら果物を栽培する兼業農家でした。遠野は民話のふるさとで有名ですが、祖母から昔ばなしを聞かせてもらったり、果物畑で遊んだり、川で泳いだり、自然の中で、のんびり夏休みを過ごしました。

<子供時代>東京の小さな工務店で、住み込みの職人さんたちに囲まれて育つ

町工場がひしめく東京都大田区本羽田で、出稼ぎの職人さんや中学校を卒業して上京してきた職人さんたちとひとつ屋根の下で暮らし、母は職人さんや家族の食事・洗濯の面倒をみながら工務店の経理を担当していました。しわの中に土やほこりがめり込んでしまっている父の大きな手、今日は故郷に帰れるという日の出稼ぎの職人さんの何とも言いようのない笑顔、首にまいたオレンジのタオルで額の汗をぬぐう職人さんの姿。これが、私が育った環境であり、私の原点です。初めての参院選以来、オレンジ色をイメージカラーにしていますが、私にとってオレンジ色は、子供の頃の原風景の中で「働く人」の象徴の色なのです。

<中学・高校時代> 東洋英和女学院で6年間を過ごす

昭和50年代、私が住んでいた地域では校内暴力が盛んで、運動会は隣の中学の生徒の乱入で中断され、卒業式も荒れ放題、教師への暴行事件が起きた教室の窓ガラスは常にわれていました。このような状態に心を痛めた私の両親が、娘には落ち着いた環境の中で教育を受けさせたいと考え、東洋英和女学院に進学しました。いわゆる「お嬢さま学校」での6年間は、カルチャーショックの連続で、これまで知る事のなかった別の社会を知る機会となりました。東洋英和での6年間を経験して、親の経済状態や家庭環境に関わらず、学んだりチャレンジできる社会であって欲しいと、強く願うようになりました。

<大学時代>ICU(国際基督教大学)では、勉学よりも部活に忙しい日々

高校時代はあまり勉強が得意ではなかったため、詰め込み式の受験勉強が功を奏さない変わった試験を行うと言われていたICU(国際基督教大学)を受験しました。他の大学は全滅でしたが、なぜかICUだけは合格。ICUは帰国生や留学生が多く、一部の授業は英語で行われ、論文や試験も英語となります。日本にいながら異文化に触れ、世界は広く、多様性に満ちていることを肌身で感じました。大学時代は、ロックバンドのドラムを担当し、文化祭などでは自慢の腕を披露したり、写真部の部長を務め60人ほどの所帯を切り盛りしたりと、どちらかというと勉学よりも部活に忙しい日々を過ごしていました。

<会社員時代>電通など、民間企業に18年間勤務

1989年4月、広告代理店の旭通信社(現:アサツーDK)に就職し、4年9ヶ月間、営業として勤務しました。私が就職した年は男女雇用機会均等法3年目の年でしたが、働く現場では、まだ過渡期の時代でした。企業で働く中で、様々な矛盾を目の当たりにし、思い悩んだ結果、女性が働きやすいであろう外資系のジャーディンワインズ&スピリッツ(輸入洋酒の販売・マーケティング会社)への転職を決意しました。4年間勤務した最後の年に転機が訪れました。広告代理店最大手の電通が中間採用を開始し、女性でも採用の可能性があるというのです。電通では契約社員として2年3ヶ月間勤務した後、正社員となり、9年間を過ごしました。

<参院選初当選>2007年7月、第21回参議院選にて初当選

民間企業で18年間働き、2度の転職や契約社員という立場を経験する中で、若者の不安定な雇用環境が、社会保障制度や日本経済にもマイナスの影響を与えるのではないか、という思いを強く抱き、政治に関心を抱くようになりました。とはいっても親族に誰も政治家がいない普通の一会社員に何ができるのか逡巡する日々が続く中、2006年暮れも差し迫った日に、「07年参院選埼玉選挙区の2人目の候補者」というお話を民主党から頂きました。07年2月、電通を退社した3日後に出馬表明、後はひたすら走り続ける日々。2007年7月の参院選で多くの皆様のご支持・ご支援を頂き、745,517票で初当選させて頂きました。

<参議院議員として>

参議院議員2期
民主党副幹事長、みどりの風代表代行、みんなの党女性局長、参議院消費者問題に関する特別委員長、希望の党幹事長などを歴任。

2007年7月29日執行の第21回参議院議員通常選挙に埼玉県選挙区から民主党公認で初当選。

外国人による土地取得に関するプロジェクトチーム事務局長、公務員宿舎のあり方に関するワーキングチーム副座長。行革調査会筆頭事務局次長、森林・林業調査会事務局次長、地方自治体臨時・非常勤職員問題ワーキングチーム座長を務める。

2012年7月民主党を離党。新会派「みどりの風」共同代表、国会対策担当に就任。

2013年3月みんなの党に入党
同年7月第23回参議院議員通常選挙にて埼玉県選挙区から出馬し、2期目の当選。同年8月、みんなの党初代女性局長に就任。

2014年みんなの党が解党し、無所属となる。

2015年2月に設立された超党派「政治分野におる女性の参画と活躍を推進する議員連盟」では事務局長を務め、「政治分野における男女共同参画推進法」の作成に携わる。

2017年9月「希望の党」結党メンバーとなる国会議員14人の一人として参加。

2018年5月7日希望の党が国民党と分党。行田は希望の党幹事長に就任。

2019年6月5日、希望の党を離党。

政策

  • 同一労働同一賃金、働き方改革の推進
  • 国境離島など、重要な国土の所有者の把握
  • 戦時加算の解消
  • 地籍調査の推進
  • 原発は日本に必要なく、海外輸出に反対
  • 選択的夫婦別姓制度導入に賛成

役職

  • 民主党副幹事長、参議院会派幹事長代理を歴任
  • 「外国人による土地取得に関するプロジェクトチーム」事務局長
  • 「行政改革調査会」筆頭事務局次長
  • 「地方自治体臨時・非常勤職員問題ワーキングチーム」座長
  • 第186回国会(2014.1.24~2014.6.22)参議院消費者問題に関する特別委員会委員長

議員連盟

  • 政治分野における女性の参画と活躍を推進する議員連盟(事務局長)

趣味:プロレス、犬の写真集め
好きなもの:やきとりを食べながら飲む日本酒
会社員の夫とともにさいたま市浦和区在住、電車で国会に通勤中!